はじめに
ナルコレプシーは、日中に過度な眠気に襲われる睡眠障害の一種です。中枢神経系に異常をきたす慢性的な自己免疫疾患で、男女問わず発症する可能性がありますが、有病率は2000人に1人と比較的まれな疾患と言えます。ある研究では、ナルコレプシーは診断が不十分だったり誤診によって違う疾患と間違われる事が多いとしています。
この疾患は有病率が低い事から「オーファン(孤児)」と呼ばれたり希少疾患として語られたりしています。また、希少疾患を扱う事のできる専門家や専門機関が少ない事も、ナルコレプシーの治療を困難なものにしている一因です。ナルコレプシーを難病や不治の病と表現する研究もありますが、実際には既に医学的に承認を受けた治療法が存在します。
ナルコレプシーは稀な疾患と言われていますが、機能障害、生産性の低下、生活の質の低下、学業への集中力低下、うつ病などの心理社会的な問題を引き起こすため、全体で見た時に、経済的負担の増加や医療費の増加につながる事が懸念されています。
2009年になり、幼児におけるナルコレプシーの発症が確認されるようになり、
いっそうナルコレプシーの性質、種類、症状への理解や医学的根拠に基づく治療法や自然療法が求められるようになりました。当ブログでは、そうしたナルコレプシーに関する基礎情報と、カンナビス由来の植物性カンナビノイドがどのように睡眠障害を改善するのかについて紹介していますが、
この記事ではカンナビスに含まれるフィトカンナビノイドの睡眠障害に対する改善効果をご紹介いたします。
ナルコレプシー
ナルコレプシーは、脳が睡眠と覚醒のサイクルをコントロールする事が出来なくなる、慢性の神経障害です。
ナルコレプシーを患うと、日中や活動している間にいつの間にか眠ってしまうという症状が現れます。そのため、歩く、運転する、食べる、話す、テレビを見るなどの日常生活を送る上での行動の際、事故が起こらないように必ず誰かがそばにいる必要があります。場合によっては、一日中サポートが必要になることもあります。
特に、公共性の高い仕事に就いている人がこの病気にかかると、危険な状態になる可能性があります。
ナルコレプシーセンターの報告によると、ナルコレプシーによる圧倒的な眠気と疲労感は永続的に続くもので、生涯にわたって付き合っていかなければいけない病気であり、罹患している人々は診断も治療も十分でないとしています。
2019年のコペンハーゲンでの研究((University of Copenhagen The Faculty of Health and Medical Sciences. 2019, March 15 New proof that narcolepsy is an autoimmune disease. ScienceDaily. Retrieved January 13, 2021))では、この睡眠障害が「自己免疫疾患」であると結論付けており、この慢性疾患に対する治療法を探る手がかりとして注目を集めています。
また、ナルコレプシーのほとんどの症例において、ヒト白血球抗原(HLA)と呼ばれる遺伝子群が強く関係している事も明らかになりました。これらの遺伝子郡は免疫系の機能を制御する働きがあることから、T細胞受容体遺伝子として知られるこれらの遺伝子の変異体を罹患者が有していると考えられています。しかしながら、中枢神経系に影響を及ぼすこの疾患は、遺伝的要因だけでは解決する事はできません。
ナルコレプシーの原因は?
ナルコレプシーを患うと、自己免疫機能が睡眠と覚醒のサイクルを安定させる働きを持つ神経細胞を攻撃し、ヒポクレチン(オレキシン)の産生を停止させます。このようにして、健康な組織や細胞が破壊される事により睡眠覚醒リズムが長期にわたって乱れてしまうのです。
2011年に行われた研究では、ヒポクレチンを産生する視床下部の神経細胞が減少する事により、ナルコレプシーが発症する事が報告されています。ヒポクレチンは、睡眠・覚醒の恒常性、情動調節、報酬処理、依存症の制御などを能率化するホルモンです。 (( Bayard S, Abril B, Yu H, Scholz S, Carlander B, Dauvilliers Y. Decision making in narcolepsy with cataplexy. Sleep. 2011;34(1):99-104. Published 2011 Jan 1. doi:10.1093/sleep/34.1.99))
また、カタレプシーの患者においては、アルコールを飲むと、疲労感、睡眠麻痺、抑うつなどの症状が悪化することがあります。
眠っているナルコレプシー患者の体では何が起こってる?
正常な体では、深い眠りに入ってから60〜90分後に急速眼球運動(REM)が始まり、夢を見ている状態になります。一方ナルコレプシー患者の場合、昼夜の睡眠問わず5分以内に睡眠状態に入り、
レム睡眠への意向も通常よりも早く行われます。
ナルコレプシー患者は普通の人と比べて、意欲や決断力が低く、判断力が曖昧になり、パフォーマンスも落ちる傾向にあります。
睡眠周期障害はこのように、日常生活に深刻な問題をもたらします。
次章では、この疾患に伴う症状や関連する障害について説明していきます。
ナルコレプシーの種類
ナルコレプシーは、一般的に2つのタイプに分類されます。 1. カタレプシーを伴うナルコレプシー 2. カタレプシーを伴わないナルコレプシー
2019年に発表された研究で引用している「国際睡眠障害分類」の改訂版では、この2タイプのナルコレプシーの違いを以下の通りに説明しています。1
- ナルコレプシー1型(NT1)
- ナルコレプシー2型 (NT2)
いずれのタイプも慢性的で、日中の過剰な眠気(EDS)と無意識のうちに眠る症状を伴う障害ですが、この研究では、それぞれのタイプにのみ起こる特徴的な症状を挙げて区別しています。
ナルコレプシー1型(NT1)
- ヒポクレチンの長期にわたる破壊
- カタレプシー
ある研究では、1型は「手足がどのような位置にあっても、自発的な動きが著しく損なわれた状態」と定義されています。2
- 笑ったり、ゲームに勝ったり、怒りを感じる時に起こる強い感情による突然の筋力低下や筋緊張の弱体化
- カタレプキシー(情動脱力発作)の罹患経験
- 睡眠麻痺
- 幻覚
- 睡眠の乱れ
- 小児期から青年期の間に発症すると生涯にわたる治療が必要となる
- 急速眼球運動(REM)やノンレム睡眠時の睡眠時随伴症
- 夜間の血圧上昇
その他の関連疾患には、体重増加、2型糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、心血管疾患、気分の落ち込み、不安、うつ病、摂食障害、注意欠陥、レストレスレッグ症候群などがあります。
ナルコレプシー2型 (NT2)
1型で紹介した症状のうち、カタレプシーを伴わないものがナルコレプシー2型と分類されています。
これはつまり、2型の有病率や身体機能への影響はまだはっきりした事がわかっておらず、治療が1型と比べて困難であることを意味しています。また、病態が人によって様々であるため、カタレプシーがなくても1型の症状が出るという症例もあります。
ナルコレプシーのその他の症状
- 日中の眠気
- 夜間に頻繁に目が覚める
- 突然の短期的な眠気の発作、突然の眠気
- 覚醒時の短い麻痺
- 自動行動(意図せず、自動的に何かを行うこと)
カタプレキシーとカタレプシー
睡眠財団によると、NT1と診断された患者の多くがカタプレキシーの症状を経験し、それに対してNT2の患者にはカタプレキシーの症状が起こらない事がわかっています。
カタプレキシーはカタレプシーとは違い、起きている時に突然筋肉が脱力する症状を伴います。こうした脱力は特に、笑い、会話、驚きなどのポジティブな表現がきっかけで引き起こされます。
一方、カタレプシーには、体の硬直、意識や感覚を失うといった症状があります。
カタプレキシーの原因はいまだに研究途中ですが、オレキシン(ヒポクレチン)が体内から失われることで、睡眠と覚醒のサイクルが乱れる事がわかっています。さらに、カタプレキシーの最大の特徴は、ナルコレプシーの他にも、脳卒中、脳腫瘍、ニーマン・ピック病C型(NPC)、プラダー・ウィリ症候群、アンジェルマン症候群などの多くの遺伝性疾患を引き起こす点です。
投薬治療によるナルコレプシーの治療
ナルコレプシーは、視床下部にあるオレキシンニューロンの破壊によって起こりますが、この神経細胞は再生させる事ができないため、ほとんどの研究では、ナルコレプシーの治療は不可能だという結論に至っています。そのため、完治が難しいとされているこの疾患を患う患者に対する生涯にわたる医学的サポートが必要とされています。
実際、現在用いられている治療法や薬は、重症度に応じた対症療法に限定されていることがいくつかの研究で報告されており、この疾患自体でなく、この疾患に伴う症状の治療を一般的にナルコレプシー治療と称している現状が浮かび上がってきます。
2019年に行われた研究では、ナルコレプシーの治療法として一部の精神刺激薬や抗うつ薬が効果的であると報告されています。その中にはアメリカ食品医薬品局(FDA)が承認したモダフィニル、アルモダフィニル、ピトリサント、オキシベートナトリウムなどの精神刺激薬が含まれており、これらは症状をコントロールするために最も頻繁に処方されています。特にオキシベートナトリウムに関しては、EDS ( 日中の過度な眠気)、カタレプシー、夜間の睡眠障害において顕著な効果を示しています。また、同研究では、小児ナルコレプシーへの安全な治療法として、オキシベートナトリウムの有効性が実証されたと報告しています。しかしながら、これらの精神刺激薬は長期にわたる心血管疾患、血圧上昇、心拍数上昇などの副作用による健康リスクがあります。1
最近開発されたピトリサントのような精神刺激薬は、比較的適用範囲が広く安全性も高いようですが、しかしそれでも、頭痛、不安、イライラ、吐き気、不眠などの副作用が起こります。
これに加えて、ドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン再取り込み阻害剤、三環系抗うつ剤などの適応外処方薬も、用量に比例して睡眠麻痺に効果をもたらす事がわかっていますが、多くの場合、心血管系や精神系の副作用もあるため、重度の場合にのみ使用が推奨されています。また、抗うつ剤は使用を突然中止すると、カタレプシーが再発する可能性もあると言われています。
薬に頼らないナルコレプシー改善法
2015年の研究では、ナルコレプシーを根本から治療する行動療法は確立されていないものの、3
以下のシンプルなライフスタイルに基づくアプローチと投薬治療を組み合わせることで、大きな症状改善が期待できるとしています。過剰な眠気に対処する術を身に付ければ、必ず生活の質も向上していく事でしょう。
- 規則的な睡眠時間を守る習慣を身に付ける
- 昼間に長時間の仮眠をとるか、時間を決めて短時間の昼寝をする
- 20分程度の短い昼寝をする習慣をつける
- 会議や仕事のスケジュールを入れる事で睡眠発作を予防する
- 定期的に運動する
- 定期的に運動する (アルコールの過剰摂取は症状悪化につながります)
- 栄養のある食事をとる
- 心理療法や免疫療法が効果的であることを示す研究結果がいくつかありますが、さらなる研究による効果の証明が求められています。
同研究では、ヒポクレチン細胞の移植やヒポクレチンの鼻腔内投与など、ヒポクレチンを用いた実験的な治療法に関してもレビューしています。
患者支援組織であるナルコレプシーネットワークでは、副作用の多い従来の治療法とは異なる方法で症状を治療する必要性を強調しています。彼らの提唱する睡眠改善法としては、漢方薬の服用、祈り、瞑想、マッサージ、鍼灸、指圧などがあります。
睡眠覚醒リズムに対するカンナビノイドの役割
2014年に行われた研究では、THCは睡眠を促し、CBDは覚醒を促すと結論付けられていますが、人や動物モデルを対象とした臨床研究の結果を見ると、その効果は一様ではない事がわかります。摂取経路、摂取量、被験者の性質が変われば効果の現れ方にも差異が生じるためです。
例えば、CBDが全身に行き渡るような形での投与では、不眠症患者の睡眠改善が認められましたが、げっ歯類の動物モデルでは、投与量に応じてトータルの睡眠時間の割合が増加するという結果となりました。
また、人を対象とした実験では、若年成人に15mgのCBDを摂取してもらったところ、覚醒作用が働きました。これは、CBDが脳内に存在するドーパミン(DA)の分泌を促進するためです。
また、2017年に行われたカンナビスが睡眠に与える影響を調べた研究では、様々な新しい発見が報告されました。その中のいくつかの新事実を基に、カンナビスの作用が以下の様に定義される様になりました。
- 入眠潜時および睡眠開始後の覚醒が減少する
- 短期的なカンナビス使用により睡眠の質が改善する
- 徐波型睡眠が向上する
- レム睡眠が減る
この研究では、CBDの摂取量の違いが睡眠覚醒リズムに与える影響の違いに関係していると指摘しています。一言で言えば、低用量であれば刺激的な効果をもたらし、高用量であれば鎮静的な効果をもたらすのです。不眠症患者を対象とした別の研究では、1日あたり160mgのCBDを摂取すると睡眠時間が長くなる事がわかりました。
また、睡眠と覚醒のサイクルである概日リズムの制御とエンドカンナビノイドシステム(ECS)の役割は、CBDを語る上で欠かせません。この非常に重要とされる体内機構は、カンナビノイドが睡眠に与える影響をさらに調査する上で中心に据え置くべき要素の一つなのです。
同時に、カンナビスの睡眠向上作用の習慣化は誤用につながる恐れがあるため、考慮に入れる必要があります。
実際に、2015年に行われた研究では、カンナビスの使用が一部のの10代の日中における過剰な睡眠の原因となっている事を指摘しています。
ただ、この植物及び抽出成分であるCBDの睡眠に与える影響についての研究が進む事によって、身体の睡眠覚醒リズムのメカニズムに新たな視点と洞察が生まれている事は確かだと言えるでしょう。
おすすめの記事: 不眠症のためのCBD
ナルコレプシー改善に良いビタミンは?
2011年の研究では、ナルコレプシー患者はビタミンDが不足している傾向にある事がわかりました。
そのため、ビタミンDを多く含む食品や栄養を摂取して、投薬による治療をサポートするという考え方が広まっていきました。
同様に、ビタミンB群は、睡眠と覚醒のサイクルを調整し、正常に保つのに重要な役割を果たしています。
また、複合炭水化物、赤身のタンパク質、ビタミン、身体に良い影響を与える脂質などを組み合わせた健康的な食事を摂る事で、病気に耐え抜く健康な身体を作っていく事も症状改善には欠かせません。さらに、食生活の記録をつけると気分転換にもなるためおすすめです。
まとめ
ナルコレプシーのような希少疾患は、患者が地域にバラバラになって存在するため、診断や治療に関する研究や調査がなかなか進みづらいという現状があります。そうした事もあり、WHOはEUとアメリカと協力し、希少疾患の研究、開発、奨励、そして医薬品の販売を促進する世界的な取り組みを開始しました。
ナルコレプシーは稀な疾患ですが、放置したり、診断を受けずにいる罹患者がいる事で、全体の労働生産性に影響を与える事が考えられます。何より罹患者の社会的、認知的、心理社会的機能が低下し、困難な人生を歩む事になってしまいます。
当ブログは、こうした健康問題に対する認識と知見を広める事を目的としています。より多くの国がこの問題に関する研究を進め、ナルコレプシーを患う人々のための治療センターの設立に向けて取り組んでいく事を願っています。
参考文献
- Barateau L, Dauvilliers Y. Recent advances in treatment for narcolepsy. Ther Adv Neurol Disord. 2019;12:1756286419875622. Published 2019 Sep 26. doi:10.1177/1756286419875622 [↩] [↩]
- Ranjita Betarbet, J. Timothy Greenamyre,Chapter 14 – Complex I Inhibition, Rotenone and Parkinson’s Disease,Editor(s): Richard Nass, Serge Przedborski,Parkinson’s Disease,Academic Press,2008 [↩]
- Michael J. Thorpy, Yves Dauvilliers,Clinical and practical considerations in the pharmacologic management of narcolepsy, Sleep Medicine,Volume 16, Issue 1,2015,Pages 9-18,ISSN 1389-9457,https://doi.org/10.1016/j.sleep.2014.10.002 [↩]